今朝の新聞で菊地凛子と染谷将太の結婚が報じられていたのでこの映画を思い出しました。メキシコ出身のオタク監督による怪獣映画の快作です。
太平洋から出現した怪獣が環太平洋諸国(Pacific Rim)を次々に襲います。怪獣に対抗するために造られた巨大ロボット「イェーガー」の操縦者の一人マコを演じたのが菊地凛子でした。ちなみに彼女の子ども時代の役で芦田愛菜ちゃんがハリウッドデビューして話題になりましたね。
"Transformers"の第一作(2007)を見た時、最新のCGで表現されたスピーディーな変身とめまぐるしく変わるカメラワークに目の回る思いをしました。日本の変身ものや怪獣映画に特徴的な、全ての過程を丁寧に見せて最後に見得を切る変身シーンや、「プロレス」と皮肉られる戦いの様式美などは海外では受けないのかな、と残念に思っていたのですが、この作品では日本のセンスに近い怪獣映画が見られます。
映画もさることながら、DVDでは監督本人による作品解説が感涙ものです。彼の怪獣愛が如何にこの作品に注入されたか、彼の熱い語りに作品以上に惹きつけられます。
この映画を肴に、子供の頃に夢中になった怪獣の思い出話で盛り上がるのも楽しいかもしれませんね。
2015年1月3日土曜日
2014年1月28日火曜日
Big Fish - Tim Burton (2003)
娘が孫の育児をしていて発見をしたそうです。
「お父さん!子供をあやしながら適当な歌を作って歌うのって、うちだけらしいよ。」
後日、似たような相談事をどこかの投書欄で見たことがあるので、これがわが家に限ったことではないのは明らかなのですが、少なくとも娘の周りにはそういう人はいないらしく、親と同じように口からでまかせの歌を歌っていたら驚かれたというのです。
寝る前に聞かせる昔話なんかもけっこう適当に話していたので、それも笑い話になりました。
うちの子たちはそれを自然に受け止めていたようですが、この映画では父親が繰り返し語って聞かせるほら話(わたしのでまかせ歌や話とはレベルが違いますが…)がもとで、父子の間に溝が生じてしまいます。その溝が埋まらないままに時が過ぎ、とうとう父に最後の時が訪れます。自身も父になろうとしていた息子は父と和解できるのか。
最初に見た時には、いい話だったとは思ったものの、アメリカ映画には良くある父子和解映画の一つだな、ぐらいにしか思っていませんでした。それを最近見直して、これはティム・バートンの最高傑作かもしれない、とまで思うようになったのです。
自分に孫が生まれたこと、親が年老いてだんだん先のことを考えざるを得なくなってきたこと。そんなこんなをめぐって過去から現代そして未来へと続いていく家族の絆のことを意識するようになったわたしの心のツボに見事にはまってしまったようです。
わたしはあんな風に自分の父を見送ることができるだろうか。わたしはあんな風に残された人たちの心の中に残れるだろうか。そんなことを考えながらも、ラストシーンからエンディングロールの間、わたしはニコニコが止まりませんでした。涙ではなくニコニコ。とっても幸せな気持ちがあとからあとからあふれてくるのです。
わたしは今でも子供向けの絵本が好きです。大人向けの小説には恋愛と殺人しかない(極論ですが)のに、絵本には愛も友情も冒険も不思議も謎も勇気も悲しみも夢もおいしいものもきれいなものも友達も恐竜も宇宙人も、そしてなんでもない日常も、あらゆるバリエーションのお話が詰まっていてワクワクさせられるのです。
ティム・バートンの映画はそんな絵本の楽しさに似ています。この映画でもほら話の部分は内容もビジュアルも絵本そのものでした。でもそれが境目なく現実とつながっている。そこが彼の真骨頂です。そして、絵本が子供達に語りかけるように大切なことを教えてくれるのです。
彼にしか作れなかった映画。大げさかもしれませんが、そんな気がします。
「お父さん!子供をあやしながら適当な歌を作って歌うのって、うちだけらしいよ。」
後日、似たような相談事をどこかの投書欄で見たことがあるので、これがわが家に限ったことではないのは明らかなのですが、少なくとも娘の周りにはそういう人はいないらしく、親と同じように口からでまかせの歌を歌っていたら驚かれたというのです。
寝る前に聞かせる昔話なんかもけっこう適当に話していたので、それも笑い話になりました。
うちの子たちはそれを自然に受け止めていたようですが、この映画では父親が繰り返し語って聞かせるほら話(わたしのでまかせ歌や話とはレベルが違いますが…)がもとで、父子の間に溝が生じてしまいます。その溝が埋まらないままに時が過ぎ、とうとう父に最後の時が訪れます。自身も父になろうとしていた息子は父と和解できるのか。
最初に見た時には、いい話だったとは思ったものの、アメリカ映画には良くある父子和解映画の一つだな、ぐらいにしか思っていませんでした。それを最近見直して、これはティム・バートンの最高傑作かもしれない、とまで思うようになったのです。
自分に孫が生まれたこと、親が年老いてだんだん先のことを考えざるを得なくなってきたこと。そんなこんなをめぐって過去から現代そして未来へと続いていく家族の絆のことを意識するようになったわたしの心のツボに見事にはまってしまったようです。
わたしはあんな風に自分の父を見送ることができるだろうか。わたしはあんな風に残された人たちの心の中に残れるだろうか。そんなことを考えながらも、ラストシーンからエンディングロールの間、わたしはニコニコが止まりませんでした。涙ではなくニコニコ。とっても幸せな気持ちがあとからあとからあふれてくるのです。
わたしは今でも子供向けの絵本が好きです。大人向けの小説には恋愛と殺人しかない(極論ですが)のに、絵本には愛も友情も冒険も不思議も謎も勇気も悲しみも夢もおいしいものもきれいなものも友達も恐竜も宇宙人も、そしてなんでもない日常も、あらゆるバリエーションのお話が詰まっていてワクワクさせられるのです。
ティム・バートンの映画はそんな絵本の楽しさに似ています。この映画でもほら話の部分は内容もビジュアルも絵本そのものでした。でもそれが境目なく現実とつながっている。そこが彼の真骨頂です。そして、絵本が子供達に語りかけるように大切なことを教えてくれるのです。
彼にしか作れなかった映画。大げさかもしれませんが、そんな気がします。
2013年12月1日日曜日
Exit Through the Gift Shop - Banksy (2010)
私が新聞を読んでいる横で、たまたま息子が観ていたビデオです。
スプレー缶で街中に落書きをするグラフティアーティストたちを追ったドキュメンタリー映画かと思ってみていたのですが、とんでもない結末に驚かされ、笑わされ、そして考えさせられました。
ドキュメンタリーなのか、創作なのか、彼らの作品同様、怪しくて反社会的、そしてユーモアにあふれた作品です。
L.A.で古着屋を経営する男がカメラに興味を持ち、街にあふれるグラフィティを撮り始めます。完成した作品だけではなく、その制作過程も追いかけるようになり、いつしかアーティスト達に一目置かれる存在になっていきます。そして、ついに伝説の男バンクシーに出会って彼と行動を共にするようになっていくのですが…。
ストリートアーティスト達の活動のほとんどは違法行為ですから、彼らが表に出てくることはほとんどありません。またその作品も、いつかは、時には公表のその瞬間に、消されてしまう運命にあります。なかでもバンクシーは覆面作家として謎の存在でした。
そんなアーティスト達の活動を追った前半部分は興味深く、面白いものでした。イスラエルとパレスチナ自治区を隔てる分離壁にも作品を残したというバンクシーの素顔がいよいよ明かされるのか!と期待して観ていると、話はあらぬ方向に急展開。
さてこの後は、是非、自分の目で確かめてください。「自分の目で」。これがキーワードです。
本当は、私と同じように全くの予備知識無しで観ることをオススメしたいのですが、もうここまで読まれた方にはある程度の知識がついてしまいましたね。私のレビューだけでは足りずに、もっと情報を求めて検索してしまうかもしれません。できればそれは観た後にすることをオススメします。
あっ、そうそう。美術館に行くと帰りにミュージアムショップでいろいろ買ってしまいますよね。映画のタイトルはそこから来ているようですよ。
スプレー缶で街中に落書きをするグラフティアーティストたちを追ったドキュメンタリー映画かと思ってみていたのですが、とんでもない結末に驚かされ、笑わされ、そして考えさせられました。
ドキュメンタリーなのか、創作なのか、彼らの作品同様、怪しくて反社会的、そしてユーモアにあふれた作品です。
L.A.で古着屋を経営する男がカメラに興味を持ち、街にあふれるグラフィティを撮り始めます。完成した作品だけではなく、その制作過程も追いかけるようになり、いつしかアーティスト達に一目置かれる存在になっていきます。そして、ついに伝説の男バンクシーに出会って彼と行動を共にするようになっていくのですが…。
ストリートアーティスト達の活動のほとんどは違法行為ですから、彼らが表に出てくることはほとんどありません。またその作品も、いつかは、時には公表のその瞬間に、消されてしまう運命にあります。なかでもバンクシーは覆面作家として謎の存在でした。
そんなアーティスト達の活動を追った前半部分は興味深く、面白いものでした。イスラエルとパレスチナ自治区を隔てる分離壁にも作品を残したというバンクシーの素顔がいよいよ明かされるのか!と期待して観ていると、話はあらぬ方向に急展開。
さてこの後は、是非、自分の目で確かめてください。「自分の目で」。これがキーワードです。
本当は、私と同じように全くの予備知識無しで観ることをオススメしたいのですが、もうここまで読まれた方にはある程度の知識がついてしまいましたね。私のレビューだけでは足りずに、もっと情報を求めて検索してしまうかもしれません。できればそれは観た後にすることをオススメします。
あっ、そうそう。美術館に行くと帰りにミュージアムショップでいろいろ買ってしまいますよね。映画のタイトルはそこから来ているようですよ。
2013年3月8日金曜日
宇宙人東京に現わる - 島耕二 (1956)
調布映画祭が始まりました。
残念ながら土日は出勤なので金曜日の夜の会に、日本初の総天然色(つまりカラー)特撮映画を観てきました。あの岡本太郎が宇宙人のデザインをしたという評判だったのですが、クレジットでは「色彩指導」となっていました。今のカラー映画に慣れた目にはどこが太郎的なのかわかりませんが、当時の反応はどうだったのでしょうか。
巨大なヒトデ型の宇宙人・パイラ星人が東京に現れます。彼らの目的は地球人に原水爆の開発をやめさせること。唯一の被爆国である日本の国民ならばわかってくれるだろうと期待していたのですが、その容姿が災いして話を聞いてもらえません。
そこで美人歌手に変身して日本の科学者とのコンタクトに成功するのですが、今度は世界が日本の意見を聞いてくれません。
地球を襲う流星Rが現れてやっと世界が危機に気づきます。ところが、世界各国の核ミサイルを撃ち込んでも流星を破壊することができません。世界中の核兵器を撃ち尽くしたところで、日本の科学者が発見した新元素を用いたミサイルでパイラ星人が流星を破壊し、地球は救われるのです。
超B級のゲテモの映画かと思いましたが、なかなかに示唆に富んだ内容で驚きました。東宝のゴジラ(1954)に続いて、大映も宇宙人もので反核を訴えたのです。しかし地球を救ったのはその核をも越えるエネルギーをもった新元素だったという皮肉。戦後間もないこの時期ならではの作品でした。
残念ながら土日は出勤なので金曜日の夜の会に、日本初の総天然色(つまりカラー)特撮映画を観てきました。あの岡本太郎が宇宙人のデザインをしたという評判だったのですが、クレジットでは「色彩指導」となっていました。今のカラー映画に慣れた目にはどこが太郎的なのかわかりませんが、当時の反応はどうだったのでしょうか。
巨大なヒトデ型の宇宙人・パイラ星人が東京に現れます。彼らの目的は地球人に原水爆の開発をやめさせること。唯一の被爆国である日本の国民ならばわかってくれるだろうと期待していたのですが、その容姿が災いして話を聞いてもらえません。
そこで美人歌手に変身して日本の科学者とのコンタクトに成功するのですが、今度は世界が日本の意見を聞いてくれません。
地球を襲う流星Rが現れてやっと世界が危機に気づきます。ところが、世界各国の核ミサイルを撃ち込んでも流星を破壊することができません。世界中の核兵器を撃ち尽くしたところで、日本の科学者が発見した新元素を用いたミサイルでパイラ星人が流星を破壊し、地球は救われるのです。
超B級のゲテモの映画かと思いましたが、なかなかに示唆に富んだ内容で驚きました。東宝のゴジラ(1954)に続いて、大映も宇宙人もので反核を訴えたのです。しかし地球を救ったのはその核をも越えるエネルギーをもった新元素だったという皮肉。戦後間もないこの時期ならではの作品でした。
2012年8月18日土曜日
Tommy - Ken Russell / The Who (1975)
初めて映画の試写会に行ったのが「Tommy」でした。映画情報誌「ぴあ」の懸賞に応募して当てたものです。「ぴあ」がメジャーになりかけていた時期で読者が少なかったのか、その後も何本か当たった記憶があります。
会場は中野サンプラザ。映画の試写会なのに前座があって、金子マリ&バックスバニーが出てきました。プロのロックバンドを生で聞くのも初体験で、しかも好きなバンドだったのでとてもうれしかったのを覚えています。
ロンドンオリンピック閉会式のトリはThe Whoでしたね。久しぶりに"See Me, Feel Me"を聴いてこの映画を思い出しました。"Pinball Wizard"もKaiser Chiefsのカバーで演奏されていましたね。
まだMTVが無かった時代だったので、映画化されたことによって音楽だけではわかりにくかったRock Operaの全容が明らかになりました。Ken Russellの少しイッちゃってる感じの演出も良かったですし、Eric CraptonやTina Turnerなど豪華なキャストもビックリでしたね。三重苦のTommyがカルト教団の教祖のようになっていくストーリーは、今の人たちの趣味には合わないかもしれませんが、音楽は今でも違和感なく聴けるのではないでしょうか。あの時代には、間違いなく傑作でした。
オリンピックに話を戻せば、できれば開会式のPaul McCartneyと逆だったら良かったかな、と思います。昔のようにPete Townshendがブンブンと腕を振り回し、Roger Daltreyがマイクを砲丸投げのように回したら盛り上がっただろうな。
そうすれば、ポールは最後の最後に"The End" を歌えたのにね。
会場は中野サンプラザ。映画の試写会なのに前座があって、金子マリ&バックスバニーが出てきました。プロのロックバンドを生で聞くのも初体験で、しかも好きなバンドだったのでとてもうれしかったのを覚えています。
ロンドンオリンピック閉会式のトリはThe Whoでしたね。久しぶりに"See Me, Feel Me"を聴いてこの映画を思い出しました。"Pinball Wizard"もKaiser Chiefsのカバーで演奏されていましたね。
まだMTVが無かった時代だったので、映画化されたことによって音楽だけではわかりにくかったRock Operaの全容が明らかになりました。Ken Russellの少しイッちゃってる感じの演出も良かったですし、Eric CraptonやTina Turnerなど豪華なキャストもビックリでしたね。三重苦のTommyがカルト教団の教祖のようになっていくストーリーは、今の人たちの趣味には合わないかもしれませんが、音楽は今でも違和感なく聴けるのではないでしょうか。あの時代には、間違いなく傑作でした。
オリンピックに話を戻せば、できれば開会式のPaul McCartneyと逆だったら良かったかな、と思います。昔のようにPete Townshendがブンブンと腕を振り回し、Roger Daltreyがマイクを砲丸投げのように回したら盛り上がっただろうな。
そうすれば、ポールは最後の最後に"The End" を歌えたのにね。
2012年7月13日金曜日
ダブル・ミッション (The Spy Next Door) - Brian Levant (2010)
ジャッキー・チェン演ずる敏腕CIAエージェントが、隣に住む女性との普通の生活を夢見てスパイからの引退を決意します。ところが、彼女の子供三人は結婚に反対、あの手この手で二人の仲を妨害します。
スパイとしての最後の仕事と、恋人の留守宅を守って子供達の信頼を得ること。外見はさえない東洋人のジャッキーが二つの任務(ダブル・ミッション)に挑みます。
これをたとえばトム・クルーズとかピアース・ブロスナンがやるとしたら、一線を退いて落ちぶれている男が、恋人の愛と子供達の信頼を勝ち取るために奮起して最後のミッションに挑む、という話になりそうですが、現役の設定のまま話を作れるのがジャッキーらしいところ。もうすぐ60歳に手が届こうかという彼のアクションは、往年の勢いはないもののまだまだ健在で、「かつては超一流だったスパイが惜しまれてい引退する」感じを良く出しています。
凄いのに笑っちゃういつもの演技は子供相手でも違和感なく、…いえ、子供相手だからこそさらにコミカルさを増して生き生きとして見えます。
これなら、ミッション・コンプリート間違いなしでしょう。
スパイとしての最後の仕事と、恋人の留守宅を守って子供達の信頼を得ること。外見はさえない東洋人のジャッキーが二つの任務(ダブル・ミッション)に挑みます。
これをたとえばトム・クルーズとかピアース・ブロスナンがやるとしたら、一線を退いて落ちぶれている男が、恋人の愛と子供達の信頼を勝ち取るために奮起して最後のミッションに挑む、という話になりそうですが、現役の設定のまま話を作れるのがジャッキーらしいところ。もうすぐ60歳に手が届こうかという彼のアクションは、往年の勢いはないもののまだまだ健在で、「かつては超一流だったスパイが惜しまれてい引退する」感じを良く出しています。
凄いのに笑っちゃういつもの演技は子供相手でも違和感なく、…いえ、子供相手だからこそさらにコミカルさを増して生き生きとして見えます。
これなら、ミッション・コンプリート間違いなしでしょう。
2012年7月12日木曜日
Foul Play - Colin Higgins (1978)
"Foul Play"を辞書で引くと、「反則・ずる」と並んで「暗殺・殺人」という意味が出てきます。ローマ法王の「暗殺」をテーマにしたロマンチックコメディですが、背の小さい人やメラニン色素の少ない人、変態男や日本人のお上りさんなど、「反則」すれすれの登場人物や演出についても匂わせているタイトルです。
死体なき殺人の謎はどうなっているのか、法王暗殺の陰謀をいかにして防ぐか、そういうストーリー関係はあまり意味をもちません。繰り返されるショートギャグの連発に笑い転げる映画です。ヒッチコック映画のパロディもちりばめられています。古い映画ですから、ギャグもヒッチコックも今の人にはわかりにくいかもしれませんけど、難しいことを考えないで楽しみましょう。何も知らなくても普通に面白いですよ。いや、普通以上に面白いこと請け合いです。
いろいろなことにうるさくなった今、この手の映画を作るのは難しいかもしれませんね。下品な笑いにしない演出の手際が素敵です。
主役のゴールディ・ホーン(Goldie Hawn)のキュートな魅力もさることながら、これがハリウッドデビューとなったダドリー・ムーア(Dudley Moore)の強烈なキャラクターは30年以上経った今でも忘れられません。アカデミー賞にノミネートされた主題曲を歌うバリー・マニロウの顔が彼にそっくりで、当時ヒット曲を連発していた彼を見るたびにダドリー・ムーアの顔を思い出して吹きだしてしまい、とても困りました。
死体なき殺人の謎はどうなっているのか、法王暗殺の陰謀をいかにして防ぐか、そういうストーリー関係はあまり意味をもちません。繰り返されるショートギャグの連発に笑い転げる映画です。ヒッチコック映画のパロディもちりばめられています。古い映画ですから、ギャグもヒッチコックも今の人にはわかりにくいかもしれませんけど、難しいことを考えないで楽しみましょう。何も知らなくても普通に面白いですよ。いや、普通以上に面白いこと請け合いです。
いろいろなことにうるさくなった今、この手の映画を作るのは難しいかもしれませんね。下品な笑いにしない演出の手際が素敵です。
主役のゴールディ・ホーン(Goldie Hawn)のキュートな魅力もさることながら、これがハリウッドデビューとなったダドリー・ムーア(Dudley Moore)の強烈なキャラクターは30年以上経った今でも忘れられません。アカデミー賞にノミネートされた主題曲を歌うバリー・マニロウの顔が彼にそっくりで、当時ヒット曲を連発していた彼を見るたびにダドリー・ムーアの顔を思い出して吹きだしてしまい、とても困りました。
2012年7月8日日曜日
許されざる者(Unforgiven) - Clint Eastwood (1992)
NHKの大河ドラマ「平清盛」について、兵庫県知事が「画面が汚い」と苦言を呈したことがニュースになったことがありました。確かに、十二単の美女や緋縅の兜姿も凛々しい男前の武士が塵一つない舞台で演じてきたかつての大河ドラマに比べれば、ぼろをまとった汚い登場人物やほこりっぽくてみすぼらしい景色など、これまでとはかなりギャップのある内容であることは確かです。けれども、決してきれい事ばかりではない、荒ぶる武士(もののふ)の創生期の空気感を表すには良い演出ではないかと、わたしは思っています。
しょせんは人殺しのドラマ、時には親子兄弟でさえも殺し合うような血なまぐさい話です。平清盛もなんとか組の組長もたいして変わんないでしょ。そこに何を期待しているのさ、そんなことをふと思ったりもするのです。
日本の侍に対するのが西部劇のガンマンです。アウトローとカタカナにするとかっこいいですが、無法者、つまりやくざじゃないですか。もろ手を挙げて賞賛するような対象じゃないだろ。西部劇育ちのイーストウッドが、この映画ではそんな問いを投げかけています。
引退したガンマンが、正義のために立ち上がって悪者を倒しに行きます。いや、正義のためではなく賞金のためでした。その賞金も私憤のためにかけられたものです。相手がトイレに入っているところを襲うという卑怯な方法で賞金を手に入れます。撃つ方も撃たれる方も無様で救いようがありません。保安官も暴力的で嫌なやつです。誰が善で誰が悪なのか白黒つけられない、登場人物のすべてが「許されざるもの」なのです。
いえ、それだけではなく、これまでの美学に満ちた西部劇を作ってきた映画人、それを支持してきたわれわれ観客をも「許されざるもの」なのだと言っているのではないか。 そんなことを考えさせられます。
見終わった後、「イーストウッドはいつ見てもかっこいいね」などと、間違っても言ってはいけません(たぶん言わないと思うけど)。そんな映画です。
しょせんは人殺しのドラマ、時には親子兄弟でさえも殺し合うような血なまぐさい話です。平清盛もなんとか組の組長もたいして変わんないでしょ。そこに何を期待しているのさ、そんなことをふと思ったりもするのです。
日本の侍に対するのが西部劇のガンマンです。アウトローとカタカナにするとかっこいいですが、無法者、つまりやくざじゃないですか。もろ手を挙げて賞賛するような対象じゃないだろ。西部劇育ちのイーストウッドが、この映画ではそんな問いを投げかけています。
引退したガンマンが、正義のために立ち上がって悪者を倒しに行きます。いや、正義のためではなく賞金のためでした。その賞金も私憤のためにかけられたものです。相手がトイレに入っているところを襲うという卑怯な方法で賞金を手に入れます。撃つ方も撃たれる方も無様で救いようがありません。保安官も暴力的で嫌なやつです。誰が善で誰が悪なのか白黒つけられない、登場人物のすべてが「許されざるもの」なのです。
いえ、それだけではなく、これまでの美学に満ちた西部劇を作ってきた映画人、それを支持してきたわれわれ観客をも「許されざるもの」なのだと言っているのではないか。 そんなことを考えさせられます。
見終わった後、「イーストウッドはいつ見てもかっこいいね」などと、間違っても言ってはいけません(たぶん言わないと思うけど)。そんな映画です。
2012年7月5日木曜日
おまえうまそうだな - 藤森雅也(2010)
草食恐竜マイアサウラに育てられた肉食恐竜ティラノサウルスが、草食恐竜アンキロサウルスの親になるという、宮西達也原作の絵本の映画化作品です。ティラノサウルスの名前はハート、アンキロサウルスのなまえはウマソウ。卵が孵った瞬間にハートが「おまえうまそうだな」と言ったことが刷り込みとなって、アンキロサウルスの子供はハートを親、「うまそう」を名前だと認識してしまったのです。
子供だましのファンタジーのような内容だと馬鹿にしていると、とんでもないしっぺ返しを受けることになります。
手塚治虫の「ジャングル大帝」の主人公、ライオンのレオは森の王としてインパラなどの草食動物にも愛され、もちろん彼らを食べたりはしませんでした。ところが、ハートは草食恐竜を襲いその肉を食べる 「正しい」ティラノサウルスとして描かれます。さすがにウマソウの前ではその姿を見せるわけにはいかないので、ウマソウが眠っている夜を待ってのことですが。
肉食、草食の一面だけで単純に白黒・善悪を区別することなく、どんな動物にも共通する親子の愛情と仲間を思う気持ちが素直に表現されていて胸を打たれます。
ハートにかかわるウマソウ、マイアサウラのお母さん、そして実の親ではないかと思われるティラノサウルス。三者三様(ハートも含めて四者六様かな) の物語にほろりとさせられてしまいます。
強い恐竜が好きな男の子と優しい動物が好きな女の子と、お父さん、お母さん、是非みんなで観て、感想を話しあってみてください。
子供だましのファンタジーのような内容だと馬鹿にしていると、とんでもないしっぺ返しを受けることになります。
手塚治虫の「ジャングル大帝」の主人公、ライオンのレオは森の王としてインパラなどの草食動物にも愛され、もちろん彼らを食べたりはしませんでした。ところが、ハートは草食恐竜を襲いその肉を食べる 「正しい」ティラノサウルスとして描かれます。さすがにウマソウの前ではその姿を見せるわけにはいかないので、ウマソウが眠っている夜を待ってのことですが。
肉食、草食の一面だけで単純に白黒・善悪を区別することなく、どんな動物にも共通する親子の愛情と仲間を思う気持ちが素直に表現されていて胸を打たれます。
ハートにかかわるウマソウ、マイアサウラのお母さん、そして実の親ではないかと思われるティラノサウルス。三者三様(ハートも含めて四者六様かな) の物語にほろりとさせられてしまいます。
強い恐竜が好きな男の子と優しい動物が好きな女の子と、お父さん、お母さん、是非みんなで観て、感想を話しあってみてください。
2012年6月8日金曜日
ラン・ローラ・ラン(Lola rennt) - Tom Tykwer (1998)
「あぁ、あの時こうすれば良かった。」
そう思う瞬間が人生には何度もあります。それとは別に、ほんの少しのタイミングの違いで変わった(のかもしれない)運命に驚くこともありますね。例えば、あの時電車に乗り遅れていなければあなたに会わなかった、みたいな。
ローラはトラブルを起こした恋人のためにベルリンの街を走ります。彼女に残された時間は20分。その時間を惜しんで、とにかく彼女は走ります。彼のもとへとただひたすらに走ります。映像も音楽も一緒に走ります。その疾走感がかっこいい。
その20分間のドラマが、ビデオを巻き戻すように3回繰り返されます。ところが、1回目と2回目は微妙に違う。2回目と3回目も違います。ほんの一瞬のタイミングの違いから、物語は別々の結末へと導かれていくのです。
たとえば、ローラが車の前を横切るタイミングがちょっと早かったり、ちょっと遅かったりすることでローラの運命が変わります。それだけではなく、車を運転している人の人生も違った方向に進んでいくのです。
斬新な映像手法で語られる、そういうサイドストーリーも面白いですね。電車の中でたまたま前に座った人がうれしそうな顔をしていると、今朝何があったんだろう、これから何があるんだろうと想像をたくましくすることはありませんか。そうすると、あんまりわたしがじろじろ見るもんだからその人が席を立ってしまい、そこで彼/彼女の人生が変わってしまったかもしれないとまた別の想像をする。その時のわたしの頭の中の映像が見えたらこんなかな、みたいな感じです。
前回取りあげた「未知との遭遇」とはまた別の意味で、 "We are not alone." な映画です。
そう思う瞬間が人生には何度もあります。それとは別に、ほんの少しのタイミングの違いで変わった(のかもしれない)運命に驚くこともありますね。例えば、あの時電車に乗り遅れていなければあなたに会わなかった、みたいな。
ローラはトラブルを起こした恋人のためにベルリンの街を走ります。彼女に残された時間は20分。その時間を惜しんで、とにかく彼女は走ります。彼のもとへとただひたすらに走ります。映像も音楽も一緒に走ります。その疾走感がかっこいい。
その20分間のドラマが、ビデオを巻き戻すように3回繰り返されます。ところが、1回目と2回目は微妙に違う。2回目と3回目も違います。ほんの一瞬のタイミングの違いから、物語は別々の結末へと導かれていくのです。
たとえば、ローラが車の前を横切るタイミングがちょっと早かったり、ちょっと遅かったりすることでローラの運命が変わります。それだけではなく、車を運転している人の人生も違った方向に進んでいくのです。
斬新な映像手法で語られる、そういうサイドストーリーも面白いですね。電車の中でたまたま前に座った人がうれしそうな顔をしていると、今朝何があったんだろう、これから何があるんだろうと想像をたくましくすることはありませんか。そうすると、あんまりわたしがじろじろ見るもんだからその人が席を立ってしまい、そこで彼/彼女の人生が変わってしまったかもしれないとまた別の想像をする。その時のわたしの頭の中の映像が見えたらこんなかな、みたいな感じです。
前回取りあげた「未知との遭遇」とはまた別の意味で、 "We are not alone." な映画です。
2012年6月5日火曜日
未知との遭遇(Close Encounters of the Third Kind) - Steven Spielberg(1977)
これは狸に化かされて、狐が憑いたアメリカ人の話です。そんなことを言ったらスピルバーグや多くのファンに怒られそうですが、最近、唐突にそんな考えが頭に浮かんできました。
物語の冒頭に登場するバリー少年の家は、広い農場か原野のただ中にあって、夜の闇の中では地上には何も見えず、満天を覆う星の光が不気味に思えるほどの寂しい景色がまわりを包んでいます。日本なら竹藪や葭原の陰から出てきたもののけに化かされるところですが、だだっ広いアメリカに何かが隠れるような物陰はありません。だから空が怖い。幾千の目で見つめられているような星空が怖い。
そんな闇夜に化かされて出会うのは妖しく色っぽい女性ではなくUFOなんだろうな、そんな気がしたのです。
もののけ(あるいは宇宙人)たちは恐ろしいもの、あるいは人をたぶらかす悪いヤツのように思われがちですが、昔の人はそれを敵対するものとは考えず、同じ世界に生きる仲間として畏れ敬ってきました。そして、人智の及ばないことがらを物語にしてうまく処理する知恵も持っていました。「昔の人」と書きましたが、今もそういう人はいるでしょう。われわれが迷信や絵空事と思っていることも、ある時点、ある観点では真実なのです。
「狸に化かされた」と言って、超自然現象を素直に受け入れられる人たち。彼らが目が覚めるまでに見た夢物語を聞いて、暗闇の無くなった現代都市に生きているわたしたちは、暗闇と一緒に何か大切なものをなくしてしまったんじゃないか、と気づきます。そして、その物語に懐かしさと、心温まる思いを感じるのです。
We are not alone.
あなたは信じますか。
物語の冒頭に登場するバリー少年の家は、広い農場か原野のただ中にあって、夜の闇の中では地上には何も見えず、満天を覆う星の光が不気味に思えるほどの寂しい景色がまわりを包んでいます。日本なら竹藪や葭原の陰から出てきたもののけに化かされるところですが、だだっ広いアメリカに何かが隠れるような物陰はありません。だから空が怖い。幾千の目で見つめられているような星空が怖い。
そんな闇夜に化かされて出会うのは妖しく色っぽい女性ではなくUFOなんだろうな、そんな気がしたのです。
もののけ(あるいは宇宙人)たちは恐ろしいもの、あるいは人をたぶらかす悪いヤツのように思われがちですが、昔の人はそれを敵対するものとは考えず、同じ世界に生きる仲間として畏れ敬ってきました。そして、人智の及ばないことがらを物語にしてうまく処理する知恵も持っていました。「昔の人」と書きましたが、今もそういう人はいるでしょう。われわれが迷信や絵空事と思っていることも、ある時点、ある観点では真実なのです。
「狸に化かされた」と言って、超自然現象を素直に受け入れられる人たち。彼らが目が覚めるまでに見た夢物語を聞いて、暗闇の無くなった現代都市に生きているわたしたちは、暗闇と一緒に何か大切なものをなくしてしまったんじゃないか、と気づきます。そして、その物語に懐かしさと、心温まる思いを感じるのです。
We are not alone.
あなたは信じますか。
2012年3月13日火曜日
わんわん忠臣蔵 - 白川大作(1963)
子供の頃の、たぶん夏休み、子供会の映画会がありました。近所の公園にスクリーン(もしかしたらシーツだったかも)を張って、星空の下、地べたに座ってみんなでこの映画を観ました。そのあと、映画館でも観ましたし、TVでも見たかもしれません。ビデオがなかった時代に、こんなに何回も見た映画はありません。
題名のとおり、動物たちを主人公にした忠臣蔵です。大石内蔵助は犬のロック。吉良上野介は虎のキラー。四十七士は野良犬たちでした。森の仲間たちや悪役の子分たちなど、大勢いる登場人(?)物にも個性豊かなキャラクターが並び、彼らの一挙手一投足を見ているだけでも楽しかったおぼえがあります。
クライマックスの討ち入りの舞台は、しんしんと雪の降りしきる動物園。爆走するジェットコースターの上で繰り広げられるロックとキラーの決闘シーンには、何度観ても手に汗を握って見入ってしまいました。今でも、キラーがレールに爪を立ててジェットコースターを止めようとする、悲鳴のような音が耳に甦ってきます。
ジェットコースターやトロッコを使ったアクションシーンはその後もいろいろな映画で見ましたが、わたしにとっての原点でありベストでもあるのは、この映画の決闘シーンです。
題名のとおり、動物たちを主人公にした忠臣蔵です。大石内蔵助は犬のロック。吉良上野介は虎のキラー。四十七士は野良犬たちでした。森の仲間たちや悪役の子分たちなど、大勢いる登場人(?)物にも個性豊かなキャラクターが並び、彼らの一挙手一投足を見ているだけでも楽しかったおぼえがあります。
クライマックスの討ち入りの舞台は、しんしんと雪の降りしきる動物園。爆走するジェットコースターの上で繰り広げられるロックとキラーの決闘シーンには、何度観ても手に汗を握って見入ってしまいました。今でも、キラーがレールに爪を立ててジェットコースターを止めようとする、悲鳴のような音が耳に甦ってきます。
ジェットコースターやトロッコを使ったアクションシーンはその後もいろいろな映画で見ましたが、わたしにとっての原点でありベストでもあるのは、この映画の決闘シーンです。
2012年1月16日月曜日
大誘拐 RAINBOW KIDS - 岡本喜八(1991)
犯罪映画の面白味は「痛快」の一言に尽きます。まるで手品のショーを見るように、鮮やかな手さばきでだまされると、それが悪いことだとは分かっていても拍手喝采を送ってしまいます。
人が死んだり物が壊されたりするような殺伐としたシーンがなければ、なお良いですね。
スリとか窃盗とかのつまらない仕事で刑務所暮らしをしたチンピラ三人組が、人生をやり直す大勝負にと、和歌山の山林王・82歳の刀自(おばあさんの敬称)を誘拐する計画を立てます。誘拐が成功し身代金に5、000万円を要求しようとする犯人を、「見損のうてもろうたら困るがな」と一喝して100億円に値上げさせる刀自。なんと、刀自自らがリーダーとなって身代金奪取作戦が実行されるのです。
刀自を演ずる北村谷栄、刑事役の緒方拳。名演でした。DVDのジャケット写真は二人の合成写真になっていますが、全然違和感がないのが不思議です。そして、鮮やかな手口でまんまと身代金を手に入れる犯人たち。一人の人も死なず、傷つかず、誰も損をしない(?)のが良いですね。その後のエピソードも気が利いています。
個人的には、日本の犯罪映画史上に残る大傑作と言いたい。そんな作品です。
人が死んだり物が壊されたりするような殺伐としたシーンがなければ、なお良いですね。
スリとか窃盗とかのつまらない仕事で刑務所暮らしをしたチンピラ三人組が、人生をやり直す大勝負にと、和歌山の山林王・82歳の刀自(おばあさんの敬称)を誘拐する計画を立てます。誘拐が成功し身代金に5、000万円を要求しようとする犯人を、「見損のうてもろうたら困るがな」と一喝して100億円に値上げさせる刀自。なんと、刀自自らがリーダーとなって身代金奪取作戦が実行されるのです。
刀自を演ずる北村谷栄、刑事役の緒方拳。名演でした。DVDのジャケット写真は二人の合成写真になっていますが、全然違和感がないのが不思議です。そして、鮮やかな手口でまんまと身代金を手に入れる犯人たち。一人の人も死なず、傷つかず、誰も損をしない(?)のが良いですね。その後のエピソードも気が利いています。
個人的には、日本の犯罪映画史上に残る大傑作と言いたい。そんな作品です。
2012年1月15日日曜日
運動靴と赤い金魚(Children of Heaven) - Majid Majidi(1997)
イランの映画です。
この記事を書こうとして、初めて原題(英題)を知りました。「天国の子供たち」。まさにそのとおりの明るく無垢な子供たちの姿に感動します。近年の欧米諸国との対立やイラン・イラク戦争の殺伐とした状況を見ると、とても同じ国の子供たちとは想像できません。その落差に驚きます。
物語は一足のぼろぼろな運動靴を巡って進んでいきます。現代の日本では想像できないような貧しさのなかで暮らす子供たちのお話です。かつては、日本にもこんな時代がありました。豊かさと引き替えに、わたしたちは何かを失ったんじゃないかな。そんなことを思い起こさせられます。
だからと言って、貧しくても良いと言うわけではありません。 何とかして彼らを助けてやれないものかとやきもきします。クライマックスのマラソン大会。妹に履かせる靴を勝ち取るために、兄は懸命に走ります。「ガンバレ!」と思わず声が出ます。
その結末はここでは伏せますが、ラストシーン、走り終わった兄がほてった足を金魚の泳ぐ噴水で冷やすシーンにジーンと来て、泣き笑いになりました。
この記事を書こうとして、初めて原題(英題)を知りました。「天国の子供たち」。まさにそのとおりの明るく無垢な子供たちの姿に感動します。近年の欧米諸国との対立やイラン・イラク戦争の殺伐とした状況を見ると、とても同じ国の子供たちとは想像できません。その落差に驚きます。
物語は一足のぼろぼろな運動靴を巡って進んでいきます。現代の日本では想像できないような貧しさのなかで暮らす子供たちのお話です。かつては、日本にもこんな時代がありました。豊かさと引き替えに、わたしたちは何かを失ったんじゃないかな。そんなことを思い起こさせられます。
だからと言って、貧しくても良いと言うわけではありません。 何とかして彼らを助けてやれないものかとやきもきします。クライマックスのマラソン大会。妹に履かせる靴を勝ち取るために、兄は懸命に走ります。「ガンバレ!」と思わず声が出ます。
その結末はここでは伏せますが、ラストシーン、走り終わった兄がほてった足を金魚の泳ぐ噴水で冷やすシーンにジーンと来て、泣き笑いになりました。
I Am Sam - Jessie Nelson(2001)
去年は子役の芦田愛菜ちゃんが話題になりました。
それで思い出したのが、この作品。子役のDakota Fanningの演技が光っていましたね。アカデミー主演男優賞にノミネートされたSean Pennも顔負けの演技でした。
知的障害のある父親と、父親の精神年齢を超えてしまった娘。そこに、息子との関係に悩むシングルマザーの弁護士が絡んで、ふたつの親子がそれぞれの問題を乗り越えていく物語が語られていきます。主人公とその友人たちはビートルズが好きだと言う設定で、全編を彩るビートルズの音楽(様々なアーチストがカバーしています)が素敵です。
子役頼みのずるい映画、みたいに言う人もいますが、重くなりがちなテーマを、コメディに逃げることなくうまく表現していてわたしは好きです。
もちろん、結末はハッピーエンド。あぁ、良かった、と胸をなで下ろして幸せな気持ちになるでしょう。
それで思い出したのが、この作品。子役のDakota Fanningの演技が光っていましたね。アカデミー主演男優賞にノミネートされたSean Pennも顔負けの演技でした。
知的障害のある父親と、父親の精神年齢を超えてしまった娘。そこに、息子との関係に悩むシングルマザーの弁護士が絡んで、ふたつの親子がそれぞれの問題を乗り越えていく物語が語られていきます。主人公とその友人たちはビートルズが好きだと言う設定で、全編を彩るビートルズの音楽(様々なアーチストがカバーしています)が素敵です。
子役頼みのずるい映画、みたいに言う人もいますが、重くなりがちなテーマを、コメディに逃げることなくうまく表現していてわたしは好きです。
もちろん、結末はハッピーエンド。あぁ、良かった、と胸をなで下ろして幸せな気持ちになるでしょう。
2012年1月14日土曜日
Fanboys - Kyle Newman(2008)
"May the force be with you."
外国の方に挨拶する時、"Good luck."や"Have a nice day."の代わりにこの台詞を使ってみたいと常々思っているのですが、変でしょうか。
わたしは特にSTAR WARSマニアと言う訳ではありませんが、学生時代から社会人になりたての頃に、リアルタイムに旧三部作を見てきました。わたしを含め、同年代の人たちには、この映画から少なからず影響を受けたり、何かしらの思い出を持っていたりする方が多いのではないでしょうか。
この映画は、旧三部作完結後16年ぶりに発表される新作(Star Wars Episode I: The Phantom Menace)を、末期がんに冒されていて映画の公開まで生きられない仲間に見せようと、STAR WARSオタクの青年たちがルーカスフィルムの本拠スカイウォーカーランチを目指して旅をする物語です。ストーリー云々よりフィルム全体にまき散らされたパロディーやカメオ出演するスターたちを楽しむ映画ですね。熱烈なファンでなくても楽しめるポイントが目白押しです。
年齢的に見て、主人公たちは旧三部作をリアルタイムには見ていない可能性があります。ラストシーン、初めて劇場でSTAR WARSを観た彼らの反応にニヤリとさせられます。
外国の方に挨拶する時、"Good luck."や"Have a nice day."の代わりにこの台詞を使ってみたいと常々思っているのですが、変でしょうか。
わたしは特にSTAR WARSマニアと言う訳ではありませんが、学生時代から社会人になりたての頃に、リアルタイムに旧三部作を見てきました。わたしを含め、同年代の人たちには、この映画から少なからず影響を受けたり、何かしらの思い出を持っていたりする方が多いのではないでしょうか。
この映画は、旧三部作完結後16年ぶりに発表される新作(Star Wars Episode I: The Phantom Menace)を、末期がんに冒されていて映画の公開まで生きられない仲間に見せようと、STAR WARSオタクの青年たちがルーカスフィルムの本拠スカイウォーカーランチを目指して旅をする物語です。ストーリー云々よりフィルム全体にまき散らされたパロディーやカメオ出演するスターたちを楽しむ映画ですね。熱烈なファンでなくても楽しめるポイントが目白押しです。
年齢的に見て、主人公たちは旧三部作をリアルタイムには見ていない可能性があります。ラストシーン、初めて劇場でSTAR WARSを観た彼らの反応にニヤリとさせられます。
Capricorn One - Peter Hyams(1977)
先日、職場で事件がありました。4つある監視カメラのうちの一つ(仮に2カメとします)が止まってしまったのです。そのカメラの映像として、ある時点での誰もいない静止画が延々と映し出されていたのですが、元もと人の出入りの少ない場所なので、しばらく誰も気づかないままになっていました。
その結果どうなるかというと、4面に分かれた映像を見ていると、1カメに映った人が2カメのエリアに来ると消えてしまいます。あるいは、その先の3カメに突然人が現れてビックリします。四六時中監視カメラの映像とにらめっこをしているわけではないので、ちょっと目を離している隙に2カメの下を通り過ぎてしまったのだろう、と思っていたのですが、あまりにも人が消える事件が続くので同僚にカメラの下を歩いてもらって原因を突き止めました。
驚いたのは、わたし以外の誰も人が消えると思っていなかったこと。みんな、カメラを信じ切っていたのです。監視カメラの映像をすり替えて、その裏で銀行強盗などを働くというトリックがありますが、まさか自分たちがそれを体験することになるとは思っても見ませんでした。
この映画では、地球で撮影した映像が火星からのライブ中継と偽って全世界に配信されます。その秘密をめぐって、NASAと宇宙飛行士、そして、その秘密を暴こうとする新聞記者がサスペンスドラマを繰り広げます。国家の陰謀と善良な市民の闘い。アメリカ映画はこう言うのが好きですよね。実際に、アポロ11号の月面着陸を特撮による陰謀だと信じている人たちもいるそうです。
CG全盛の今なら、似たようなことがどこかで本当に起こっているかもしれません。あるいは、この映画とは逆に、「見せない」ことによって真実を曲げて伝えている例が実際にあるのではないでしょうか。
ラストシーンは、この手の映画の中では白眉だと思います。こう言うのが、わたしは好きです。
その結果どうなるかというと、4面に分かれた映像を見ていると、1カメに映った人が2カメのエリアに来ると消えてしまいます。あるいは、その先の3カメに突然人が現れてビックリします。四六時中監視カメラの映像とにらめっこをしているわけではないので、ちょっと目を離している隙に2カメの下を通り過ぎてしまったのだろう、と思っていたのですが、あまりにも人が消える事件が続くので同僚にカメラの下を歩いてもらって原因を突き止めました。
驚いたのは、わたし以外の誰も人が消えると思っていなかったこと。みんな、カメラを信じ切っていたのです。監視カメラの映像をすり替えて、その裏で銀行強盗などを働くというトリックがありますが、まさか自分たちがそれを体験することになるとは思っても見ませんでした。
この映画では、地球で撮影した映像が火星からのライブ中継と偽って全世界に配信されます。その秘密をめぐって、NASAと宇宙飛行士、そして、その秘密を暴こうとする新聞記者がサスペンスドラマを繰り広げます。国家の陰謀と善良な市民の闘い。アメリカ映画はこう言うのが好きですよね。実際に、アポロ11号の月面着陸を特撮による陰謀だと信じている人たちもいるそうです。
CG全盛の今なら、似たようなことがどこかで本当に起こっているかもしれません。あるいは、この映画とは逆に、「見せない」ことによって真実を曲げて伝えている例が実際にあるのではないでしょうか。
ラストシーンは、この手の映画の中では白眉だと思います。こう言うのが、わたしは好きです。
2012年1月13日金曜日
バグダッド・カフェ(Out of Rosenheim) - Percy Adlon(1987)
「シェーン!カンバァーック!」
子供の頃、TVでよく観た映画です(Shane - George Stevens(1953))。行きずりのガンマンが悪者に苦しめられている家族を助け、そして去っていく話。小さな町や村によそ者が来てその土地や人々に変化をもたらしていくというモチーフはよく取り上げられる定番ですね。
夫婦げんかをしてアメリカの荒野に置いてきぼりにされたドイツ人の女性(ジャスミン)が、「バグダッド・カフェ」に立ち寄ります。しばらくの滞在の間に、不機嫌な女主人と対立しながらも、その人柄で、そこに集う人たちの暮らしを少しずつ変えていきます。でも、本当に変わったのは彼女自身だったのでは?
シェーンは帰ってきませんでしたが、ジャスミンは帰ってきました。パリはトラヴィスを救ってくれませんでしたが、バグダッドはジャスミンを温かく迎えてくれたのです。
アカデミーにノミネートされた主題歌"Calling you"のせつない響きが耳から離れません。
子供の頃、TVでよく観た映画です(Shane - George Stevens(1953))。行きずりのガンマンが悪者に苦しめられている家族を助け、そして去っていく話。小さな町や村によそ者が来てその土地や人々に変化をもたらしていくというモチーフはよく取り上げられる定番ですね。
夫婦げんかをしてアメリカの荒野に置いてきぼりにされたドイツ人の女性(ジャスミン)が、「バグダッド・カフェ」に立ち寄ります。しばらくの滞在の間に、不機嫌な女主人と対立しながらも、その人柄で、そこに集う人たちの暮らしを少しずつ変えていきます。でも、本当に変わったのは彼女自身だったのでは?
シェーンは帰ってきませんでしたが、ジャスミンは帰ってきました。パリはトラヴィスを救ってくれませんでしたが、バグダッドはジャスミンを温かく迎えてくれたのです。
アカデミーにノミネートされた主題歌"Calling you"のせつない響きが耳から離れません。
Paris,Texas - Wim Wenders(1984)
パリとテキサス、ではありません。二つの地名ではなく、テキサス州パリスという町の名前。でも、二つの地名としての意味も匂わせている、そんな感じがします。
「パリ」から想起される「女性的」「華やか」「繊細」「奔放」などのイメージと、「テキサス」に付随する「男性的」「武骨」「粗野」「不器用」といったイメージの相容れない悲しさを、ヨーロッパの女優とアメリカの男優が演じ分けています。
主人公トラヴィスは、いつか家族と住む家を建てようと思って買ったテキサス州パリスの土地のポラロイド写真を大事に持っています。しかしそこに写っているのは、荒野の真ん中に立つみすぼらしい看板だけ。お世辞にも、スイートホームを建てるようなところには見えません。
オープニングのシーンでトラヴィスがさまようテキサスの荒野とポラロイドに写っているなにもない場所は、そのまま彼の心象風景でもあるのでしょう。映像に絡むライ・クーダの音楽が絶妙です。
父と子が、別れた妻・母を捜して旅に出ます。最初はぎこちなかった父子の関係が道行きの中で修復され、お互いの傷を乗り越えて幸せな家族になっていく。ダメ父は立ち直り、子供は一回り大きく成長して自分の進む道を見つけて歩み始める。アメリカ映画ならそういう展開になりそうですが、ドイツ映画ではそうなりません。トラヴィスは今も荒野を歩いています。
カンヌ映画祭でグランプリを取り、日本でも高い評価を受けましたが、アカデミーにはノミネートもされませんでした。アメリカ人には分からない映画、…なのかもしれません。
「パリ」から想起される「女性的」「華やか」「繊細」「奔放」などのイメージと、「テキサス」に付随する「男性的」「武骨」「粗野」「不器用」といったイメージの相容れない悲しさを、ヨーロッパの女優とアメリカの男優が演じ分けています。
主人公トラヴィスは、いつか家族と住む家を建てようと思って買ったテキサス州パリスの土地のポラロイド写真を大事に持っています。しかしそこに写っているのは、荒野の真ん中に立つみすぼらしい看板だけ。お世辞にも、スイートホームを建てるようなところには見えません。
オープニングのシーンでトラヴィスがさまようテキサスの荒野とポラロイドに写っているなにもない場所は、そのまま彼の心象風景でもあるのでしょう。映像に絡むライ・クーダの音楽が絶妙です。
父と子が、別れた妻・母を捜して旅に出ます。最初はぎこちなかった父子の関係が道行きの中で修復され、お互いの傷を乗り越えて幸せな家族になっていく。ダメ父は立ち直り、子供は一回り大きく成長して自分の進む道を見つけて歩み始める。アメリカ映画ならそういう展開になりそうですが、ドイツ映画ではそうなりません。トラヴィスは今も荒野を歩いています。
カンヌ映画祭でグランプリを取り、日本でも高い評価を受けましたが、アカデミーにはノミネートもされませんでした。アメリカ人には分からない映画、…なのかもしれません。
2012年1月10日火曜日
ギルバート・グレイプ(What's Eating Gilbert Grape) - Lasse Hallström(1993)
アメリカに行った時、飛行機から、だだっ広い砂漠や農場の中にポツリポツリと家が建っている風景をたくさん見ました。一軒家だったり、数件が集まった町だったり。日本でそういうところがあれば老人ばかりの過疎の町であることが多いでしょう。でも、アメリカではそんなところに普通の家族が暮らしています。
そんな町の一つ、年に一度、キャンピングカーの一団が通り過ぎるアイオワの小さな町に住む家族の話です。
知的障害を持つ弟や過食症の母の面倒を見なければならないために町から出られない主人公。でも、出られないのではなく、自分から出ようとしないだけなのでは?それで良いのかギルバート。君はもっと広い世界を知るべきなんじゃないか?
ここには、アメリカンドリームも和解すべき家族もありません。少し波風はあるけれど穏やかな日常。でも、ここは過疎の村ではありません。若い人が住んでいる町。思い出に抱かれて毎日を暮らすわけにはいかないのです。未来がある若者の訣別と旅立ちを、スウェーデン人の監督が温かくやさしいまなざしと静かな語り口で描いています。
なるほど、空から見た町にはこういう生活があったんだね。
若き日のレオナルド・デカプリオの演技が鳥肌ものです。
そんな町の一つ、年に一度、キャンピングカーの一団が通り過ぎるアイオワの小さな町に住む家族の話です。
知的障害を持つ弟や過食症の母の面倒を見なければならないために町から出られない主人公。でも、出られないのではなく、自分から出ようとしないだけなのでは?それで良いのかギルバート。君はもっと広い世界を知るべきなんじゃないか?
ここには、アメリカンドリームも和解すべき家族もありません。少し波風はあるけれど穏やかな日常。でも、ここは過疎の村ではありません。若い人が住んでいる町。思い出に抱かれて毎日を暮らすわけにはいかないのです。未来がある若者の訣別と旅立ちを、スウェーデン人の監督が温かくやさしいまなざしと静かな語り口で描いています。
なるほど、空から見た町にはこういう生活があったんだね。
若き日のレオナルド・デカプリオの演技が鳥肌ものです。
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